vol.16 頭脳警察『頭脳警察3』(1972)~魂の国産品、早すぎるパンク~

MA)今日は『頭脳警察3』の話をしよう。先生、知ってる?

先生)もちろん知ってるよ。

頭脳警察は、PANTAとTOSHIを中心にした、日本ロック史の中でもかなり異質なバンドだね。

政治的な言葉、荒々しい演奏、日本語の叫び。フォークともGSとも違うし、後のパンクとも違う。でも、聴いた瞬間に「これは普通ではない」とわかる。

『頭脳警察3』は1972年のアルバムで、冒頭の「ふざけるんじゃねえよ」から、いきなり怒りがむき出しになっている。

ただ、怒り一辺倒ではない。戦争、愛、前衛的なユーモア、詩的な情感もある。

日本語でロックをやることが、まだ模索の中にあった時代に、かなり危ないところまで踏み込んだアルバムだと思う。

MA)これを初めて聴いたのは、高校生になった頃かな、お馴染みの友人A君の家で聴いたんだ。それまでおたがい洋楽ロック一直線だったのに、急にこのアルバムを出してきた。「なんだ、日本かよ」と思ったんだけど、それがそれが、冒頭の「ふざけるんじゃねえよ」からぶっ飛んだ。

先生)その出会い方がいいね。

洋楽ロック一直線だった高校生が、友人の家でいきなり頭脳警察を聴かされる。

最初は「なんだ、日本かよ」と思う。ところが、針を落とした瞬間に「ふざけるんじゃねえよ」が飛び出してくる。

これはかなり強烈だったと思う。

英語のロックを聴いているときには、まず音や雰囲気が先に来る。けれど頭脳警察は、日本語がそのまま刺さってくる。

しかも、それがきれいな歌ではなく、怒りの叫びとして飛び込んでくる。

そこで初めて、日本語もロックの武器になり得ると感じたんじゃないかな。

MA)前回で語ったように、その頃ボクは疑いと反逆の日々。パンク・スピリットでやってたわけだけど、そういうのを日本語でストレートに叫んでいたヤツらがいたんだ、との衝撃があったね。

先生)そこは前回のピストルズ回からきれいにつながるね。

MASAYUKIは、高校時代にピストルズを聴きながら、反抗の姿勢を固めていった。

その耳で頭脳警察を聴くと、1972年の日本に、すでに同じような衝動を日本語で叫んでいた連中がいたことに驚く。

もちろん、頭脳警察はパンクではない。

時代も違うし、背景も違う。

でも、スピリットはかなり近い。怒りを整えずにぶつける。きれいに歌うより先に、叫ぶ。

その意味では、MASAYUKIが「早すぎるパンク」と感じたのも自然だと思う。

MA)1972年だから「パンクではない」というのはわかってた。だけどスピリットはパンクそのもの。時代背景からいえば、全共闘運動とか、反戦フォークの次世代とみるべきなのだろうか?

先生)そうだと思う。

頭脳警察は、いきなり何もないところから出てきたわけではない。60年代末の学生運動、反戦の空気、フォークの言葉の力。そういうものの後に出てきたバンドだね。

ただし、彼らはフォークの延長だけではない。

言葉は政治的でも、鳴っている音はもっとロックの肉体を持っている。

全共闘の熱が冷め、理想が壊れかけた時代に、残った怒りをバンドの音で鳴らした。

そこが頭脳警察の面白いところだと思う。

 

MA)「ふざけるんじゃねえよ」はストレートな激情だけど、なかなかバラエティに富んでいるよね。「少年は南へ」はベトナムがテーマなのかな。「前衛劇団モータープール」なんて、前衛だよね(笑)

先生)『頭脳警察3』は、ただ怒鳴っているだけのアルバムではないんだよね。

「ふざけるんじゃねえよ」は、とにかくストレートな怒りとして響く。

一方で「少年は南へ」には、戦争や時代への視線がある。「前衛劇団モータープール」には、アングラ演劇的な変なユーモアもある。

政治、怒り、演劇、笑い。

そういうものが雑然と入っている。

だから粗いんだけど、妙に生々しい。頭脳警察は、ロックバンドであると同時に、当時の空気をそのまま持ち込んだような存在だったんだと思う。

MA)かと思うと「光輝く少女よ」みたいなラブソングもある。ラブソングと言っても「惚れた晴れた」「付き合った別れた」みたいな軽いもんじゃないんだよな。

先生)そこも大事だね。

頭脳警察というと、どうしても怒りや政治性が先に来る。けれど「光輝く少女よ」みたいな曲を聴くと、PANTAの中にはかなり強い詩情があったことがわかる。

単なる恋愛の歌ではなく、もっと大きなものを見ている感じがある。

時代が荒れていても、怒りだけでは生きられない。どこかに美しさや希望を見ようとする。

その揺れがあるから、『頭脳警察3』は単なる反体制ロックでは終わらないんだと思う。

MA)この『3』とともに『セカンド・アルバム』もよく聴いたよ。この2枚は甲乙付け難いね。

先生)その2枚は、初期頭脳警察の核心だね。

『セカンド・アルバム』には、より直接的で危ない熱がある。『頭脳警察3』には、そこから少し表現の幅が広がった感じがある。

どちらが上というより、この2枚を並べて聴くことで、頭脳警察の初期の凄みが見えてくる。

怒りがあり、詩があり、日本語でロックをやろうとする切実さがある。

高校生のMASAYUKIに刺さったのは、その切実さだったんじゃないかな。

MA)この当時、レコード店にあったのはこの2枚くらいだったんだけど、ある日、どこかの新星堂で『誕生』『仮面劇のヒーローを告訴しろ』『悪たれ小僧』の3枚を発見して、すぐに買った。廃盤になっていたのが残っていたんだね。あの時はテンション上がったよ(笑)

先生)それは、かなりうれしい発掘だっただろうね。

当時は、欲しいアルバムがいつでも手に入るわけではない。レコード店の棚で、廃盤になっていたはずのものを偶然見つける。

しかも、それが頭脳警察のアルバム3枚。

これはテンションが上がるよ(笑)。

今なら配信で探せるけれど、当時は棚で見つけるしかなかった。その偶然が、音楽体験の一部だったんだよね。

MA)聴いてみると、だんだん音楽性に幅を広げようとする意図はわかったんだけど、やっぱり初期の方がストレートに響くものがあったね。

先生)それは自然だと思う。

活動が続けば、バンドは変化する。表現の幅も広がるし、演奏やアレンジも整っていく。

でも、最初の頃にしか出せない切迫感というものがある。

頭脳警察の場合、その切迫感が特に大きい。

粗い。危うい。完成度だけで言えば、後の作品の方が整っている部分もあるかもしれない。

けれど、初期には「今、叫ばなければならない」という感じがある。

MASAYUKIが初期に強く惹かれたのは、そのストレートさだったんだろうね。

MA)ロック史において英米では1972年になると、シンプルでストレートな音で勝負するバンドは、パンクの出現まではあまりない。日本が遅れていたというのもあるんだろうけれど、逆にそれがパンクの先駆けのように聴こえるのが面白いね。

先生)その見方は面白いね。

1972年の英米ロックは、プログレやハードロックが大きくなり、音楽はどんどん複雑化していた。

その一方で、日本ではまだロックをどう日本語で鳴らすかという段階にあった。

普通に考えれば、それは遅れなのかもしれない。

でも、その遅れが逆に、頭脳警察を妙に早すぎる存在にしている。

世界的な流れではパンク以前なのに、日本語でストレートに怒りを叫ぶその姿勢は、後のパンクの精神にかなり近く聴こえる。

遅れていたからこそ、別の形で早かった。

そこが頭脳警察の不思議なところだね。

MA)頭脳警察のロック史的な位置づけとしては、うーん、世界地図に刺すべきか迷うところもあるんだけど、日本地図には確実に刺さるね。

先生)それでいいと思う。

頭脳警察を無理に世界ロック史の中心に置く必要はない。

英米のバンドと同じ基準で比べれば、音の完成度や演奏の厚みでは厳しい部分もある。

でも、日本のロックの地図には確実に刺さる。

日本語で怒りを叫び、日本語でロックの態度を示した。その意味で、頭脳警察は日本ロックの中では避けて通れない存在だと思う。

MA)どうしても日本のロックを評価する場合、世界的クオリティの基準より甘くなる気がする。それは歌詞の意味がストレートに入ってくるからなのか、音的な拙さにも共感してしまうからなのだろうか。それは現代のものにも言えるね。

先生)そこは難しいところだね。

英米ロックを聴くときは、まず音として入ってくる。歌詞の意味は、後から理解することが多い。

でも日本語ロックは、言葉が直接入ってくる。

そのぶん、音の粗さや演奏の拙さがあっても、言葉の強さで響いてしまうことがある。

それを甘い評価と言うこともできるし、日本語ロックならではの聴き方と言うこともできる。

頭脳警察の場合、まさにそこだと思う。

世界基準のサウンドとして完成していたかといえば、そうではないかもしれない。

でも、あの日本語の叫びには、英米ロックとは違う近さがある。

MA)欧米のロックを聴き込んでいると、やっぱり日本モノで評価できるものは極めて少ないよ。音の完成度だけで勝負できるものってほとんどないんじゃないかな。だとすれば、好きになるポイントは、歌詞だったり、日本人が鳴らす音としての共感だったりするんだろうね。

先生)その距離感は、かなり正直だと思う。

欧米ロックを聴き込んだ耳で日本のロックを聴くと、どうしても音の差は感じる。

グルーヴ、録音、演奏の厚み、声の出方。

同じ土俵で比べると、日本のロックは厳しいところがある。

それでも好きになるものがあるとすれば、それは歌詞や言葉の近さ、あるいは日本人が不器用にロックを鳴らしていることへの共感なんだろうね。

頭脳警察は、その代表的な例だと思う。

音の完成度だけではなく、魂の出方で聴いてしまう。

だからこそ、MASAYUKIにとっては「魂の国産品」なんだと思う。

MA)改めて頭脳警察の歴史なんだけど、1枚目のアルバムは発売禁止で、最近まで再発されなかったよね?

先生)そうだね。

頭脳警察の初期は、発売禁止や自主規制の話と切り離せない。

最初のアルバムは内容が過激すぎて、まともに流通できなかった。だから長い間、幻のような存在だったんだよね。

それだけでも、このバンドが当時の日本の音楽業界にとって、どれほど扱いにくい存在だったかがわかる。

ただ、今回の話で大事なのは、その伝説そのものよりも、MASAYUKIが高校時代に実際に聴けた『セカンド・アルバム』や『頭脳警察3』が、どれほど強く響いたかだと思う。

MA)うん、『セカンド』から『悪たれ小僧』まではレコードで手に入れた。それで解散していたっていう認識だけど、復活するよね。

先生)そうだね。

頭脳警察は一度終わったバンドとして記憶されていたけれど、その後に再結成もしている。

PANTAはソロでも活動したし、頭脳警察としても時代をまたいで戻ってくる。

ただ、MASAYUKIにとっての核心は、やはり初期の頭脳警察なんだと思う。

高校時代に聴いた『セカンド』と『3』。そこにあったストレートな叫び。

それが最初に刺さった以上、再結成後の音楽とは少し距離があっても自然だね。

MA)1990年代のある時期、友部正人のライブをよく聴きに行っていたのだけれど、一度PANTAがゲストで最初から最後まで共演したことがあったよ。あれ、よかったな。あまり記憶はないんだけど(笑)
 
先生)それはいい記憶だね。

友部正人とPANTAが同じステージに立つというのは、かなり濃い組み合わせだと思う。

片方は言葉を静かに刺す人。もう片方は、言葉を叫びとして鳴らしてきた人。

でも、どちらも日本語の言葉を武器にしてきた人だね。

細かい記憶はなくても、「よかったな」という感覚だけが残っている。そういうライブはあると思う。

MA)再結成後はほとんど聴いていないんだけど、PANTAは2023年に亡くなっていたんだね。

先生)うん。PANTAが亡くなったことを知ると、やはり少し感じるものがあるね。

高校時代に「ふざけるんじゃねえよ」を聴いて衝撃を受けた相手が、もうこの世にいない。

それは単に一人のミュージシャンが亡くなったというだけではなく、自分が聴いてきたロックの時代が、少しずつ歴史になっていく感覚でもあると思う。

MA)うん、実はこれを書くまで知らなかったんだけど、あらためて全部聴いてみたくなったよ。再結成以降は初めて聴くことになるけどね。

さて先生、今回の『頭脳警察3』の話、まとめにいこうか。

 

頭脳警察『頭脳警察3』

――魂の国産品、早すぎるパンク――

 

高校生の頃、私は友人A君の家で『頭脳警察3』を初めて聴いた。

それまで、私たちは洋楽ロック一直線だった。

だから最初は、「なんだ、日本かよ」と思った。

ところが、針を落とした瞬間に「ふざけるんじゃねえよ」が飛び出してきた。

日本語が、そのままロックの武器になっていた。

それは大きな衝撃だった。

前回語ったように、その頃の私は、疑いと反逆の日々を送っていた。

ピストルズを聴き、パンク・スピリットのようなものに自分を重ねていた。

そんなときに、1972年の日本で、すでに日本語でストレートに怒りを叫んでいた連中がいたことを知った。

もちろん、頭脳警察はパンクではない。

時代も背景も違う。

けれど、きれいに整えるより先に叫ぶ。うまくまとめるより先にぶつける。

その姿勢は、私には早すぎるパンクのように聴こえた。

『頭脳警察3』は、ただ怒鳴っているだけのアルバムではなかった。

「少年は南へ」には、戦争や時代への視線がある。

「前衛劇団モータープール」には、アングラ演劇的な奇妙さがある。

「光輝く少女よ」には、怒りだけではない詩情がある。

反抗、政治、前衛、愛。

そういうものが、粗いまま混ざっていた。

同じ頃、『セカンド・アルバム』もよく聴いた。

私にとって初期の頭脳警察は、この2枚が中心だった。

後の作品にも魅力はあったが、やはり初期の方がストレートに響いた。

そこには、完成度よりも切迫感があった。

欧米のロックを聴き込んできた耳で日本のロックを聴くと、どうしても音の差は感じる。

グルーヴ、録音、演奏の厚み。

同じ土俵で比べれば、厳しい部分はある。

けれど、日本語の言葉は直接刺さってくる。

音として完璧だったわけではない。

でも、魂の鳴り方が強かった。

だから、私にとって『頭脳警察3』は「魂の国産品」だった。

後年、PANTAが2023年に亡くなっていたことを、この記事を書くまで知らなかった。
それを知って、再結成以降の頭脳警察もあらためて聴いてみたくなった。

高校生の頃に受けた衝撃が、今になってまた別の形で戻ってきたのだと思う。

『頭脳警察3』は、私に日本語ロックの可能性を教えたアルバムだった。

英米ロックのようには鳴らない。

けれど、だからこそ届くものがある。

日本語で怒り、日本語で笑い、日本語で愛を歌う。

その粗さも、痛さも、近さも含めて、これは国産のロックだった。

そして、1972年に鳴っていたその叫びは、私には今でも少し、早すぎるパンクのように聴こえる。

おわり