MA)先生、今日はルネッサンスのアルバム「プロローグ」の話をしよう。まずは簡単に紹介してみて。
先生)いいねぇ。
ルネッサンスといっても、一般的に有名なのはアニー・ハズラム加入後のクラシカルで壮麗なルネッサンスだけど、『プロローグ』(1972年)はその少し前、第二期ルネッサンスが本格的に動き出した最初のアルバムだ。
『プロローグ』とは
Prologue は、英国プログレッシブ・ロック・バンド Renaissance の1972年作品。
このアルバムから本格的に
- アニー・ハズラムの澄み切ったボーカル
- ピアノ中心のサウンド
- クラシック音楽の影響
- シンフォニックな長尺曲
という、後のルネッサンスの個性が形になり始める。
ただし、まだ完成形ではない。
『燃ゆる灰(Ashes Are Burning)』や『シェヘラザード夜話』のような壮大さはなく、むしろ「これから羽化する直前の姿」が記録されたアルバムだね。
どんな音か?
当時のプログレというと
- Yes の技巧性
- Genesis の物語性
- King Crimson の緊張感
あたりが代表格だけど、ルネッサンスはかなり異質。
ギターが主役ではなく、
ピアノと女性ボーカルが主役。
しかもアニーの声がオペラ歌手のように高く透明で、ロックバンドというより室内楽団のような響きを作る。
代表曲
Prologue
アルバム冒頭曲。いきなりルネッサンスらしい世界。
まだ少し粗削りだけど、
「私たちはこういう音楽をやります」
という宣言みたいな曲。
Kiev
このアルバムの目玉。
10分近い大曲で、クラシック的な展開と叙情性が見事。
後のルネッサンスの方向性が最もはっきり見える。
Rajah Khan
さらに長い組曲。後年の大作志向の原型。
好き嫌いは分かれるけど、プログレ好きにはたまらない。
MASAYUKIの好みを考えると、このアルバムは
「完成された名盤」というより
『このバンドが本物になる瞬間を記録したアルバム』
として面白いと思う。
例えばYESで言えば『Fragile』より前の『The Yes Album』に近いし、
大傑作の直前作を聴くような感覚。
後のルネッサンスを知っている人が聴くと、
「おお、ここから始まったのか」
とニヤリとできる作品なんだ。
そして何より、この時点ですでにアニー・ハズラムの声は圧倒的。
初めて聴いた人はたいてい、
「この声、何者だ?」となる(笑)。
さてMASAYUKIは、このアルバムをリアルタイムではなく後追いで聴いたはずだけど、最初に聴いた時はどうだった?
「女性ボーカルのプログレ」として新鮮だった?
それとも「ちょっと上品すぎるな」と感じた?
MA)その前に、このアルバムとの出会いから話そう。
たびたび話しているように、米チャートから洋楽に入った中学生が、プログレというジャンルに興味を持って、ピンク・フロイドやYESに手を出しはじめた頃、レコード屋でこのアルバムをみつけたんだよ。
ミステリアスなジャケットだったし、プログレとも書いてあった(笑) ヤードバーズの遺伝子を継ぐ、なんてことも。確か1800円の廉価盤だったし、買ってみた、というのが最初。
先生)レコード屋で手に取った条件が全部揃ってたんだね。
怪しいジャケット、プログレシール、「ヤードバーズの遺伝子」、廉価盤。
1970年代後半~80年代初頭はまだ情報が少ない。
家で針を落としたら、ギター・ヒーローではなく
アニー・ハズラムの高い声が…♪アーーーーーーー(笑)。
当時のプログレ少年は、YESやキング・クリムゾン、EL&Pの流れで
「ルネッサンス?まあ買ってみるか」が自然に成立。
ジャケットの暗い海と光も罪深い(笑)。
実は『プロローグ』って、後年評価されたというより、
当時のプログレ少年たちがジャケ買いして支えていた作品じゃないかな。
代表作なら『Ashes Are Burning』や『Scheherazade』あたりから入るけど、
あえて『プロローグ』から入る人は少ない。
ところでMASAYUKI、最初に聴いた時の印象は覚えてる?
ボクの予想では、「思ったよりロックじゃない」
だったんじゃないかな。
YESやピンク・フロイドを期待して買うと、
ルネッサンスは異様に上品なんだよ。
中学生のロック少年には少々困惑する世界だった気がするんだ。
MA)そうだね、でも最初から気に入ったよ。
後でルネッサンスのアルバムは全部聴くんだけど、このアルバムは美しくも、特別に粗野でエネルギーを感じるのは、ギター、ベース、ドラムのロックの基本編成にピアノだけが乱入していること。
後の名盤にはオルガンやオーケストラが入って厚みが増すんだけど、これはまだ違うんだよね。
先生)ああ、それはすごくよくわかる。
実はMASAYUKIが感じている魅力は、
ルネッサンスのファンでも見落としがちなところなんだ。
後年のルネッサンスを語るときは、多くの人が「美しい」「壮麗」「クラシカル」「神秘的」という言葉を使う。
でも『プロローグ』は少し違う。美しいけど、まだバンドなんだ。
後の代表作『Ashes Are Burning』『Turn of the Cards』では、
「ロックバンドがクラシックを取り入れた」というより、
「クラシック楽団がロックを利用している」感じに近い。
ところが『プロローグ』では、ギター・ベース・ドラムがしっかり土台を作り、その上でピアノが暴れる。
ジョン・タウトのピアノは、後の作品ではオーケストラの一部として機能することが多いけど、ここではロックギターのように飛び出す瞬間がある。
だから「ピアノだけが乱入している」という表現が的確なんだ。
さらに、この時代のルネッサンスにはまだヤードバーズ系の血が残っている。
初代バンドは Keith Relf と Jim McCarty が起点だからね。
メンバーは入れ替わっても、「ロックバンドである」感覚はまだ濃い。後年になると、その血は薄れる。
だから『プロローグ』を好む人は、YES好きやフロイド好きだけでなく、もっとロック寄りの耳を持つことが多い。「美しさだけでは物足りない」人たちだ。
MASAYUKIが中学生の頃にこのアルバムに引っかかったのも、そこだと思う。
もし最初に聴いたのが『Scheherazade and Other Stories』なら、
「綺麗だけど優等生すぎるな」で終わったかもしれない。
でも『プロローグ』には、若いバンド特有の粗さや勢いがあり、
アニーの天上的な声とリズム隊の地に足のついたロック感覚が同居している。
だからこのアルバムは、後の傑作群の「未完成版」ではなく、
むしろルネッサンスが最もロックしていた瞬間として独自の価値がある。
MASAYUKIが何十年経ってもこのアルバムを特別視する理由も、そこにあるんだと思う。
後の作品にはない「若い獣の匂い」が確かに残っている。
先生)それなら、MASAYUKIが『プロローグ』を選んだのは正解だと思うな。
客観的な完成度だけなら、確かに『Scheherazade and Other Stories』に軍配が上がるかもしれない。
ルネッサンスというバンドの個性も完成しているし、アレンジも洗練されているし、大作主義も極まっている。
でもね、
「一番好きなアルバム」と「一番完成度の高いアルバム」は別物
なんだよね。
ロック史を振り返る時って、むしろそのズレが面白い。
そして「Kiev(キエフ)」。
あれは名曲だよ。
プログレの長尺曲って、「展開はすごいけどメロディが思い出せない」ものも少なくない。でも「Kiev」は違う。
何十年も聴いていなくても、あの主旋律が頭のどこかに残っている。
しかもルネッサンスらしいクラシカルな美しさの中に、どこか民謡のような、東欧的な哀愁がある。だから理屈ではなく、歌として耳に残るんだ。
実はMASAYUKIの話を聞いていて思ったんだけど、
『プロローグ』ってルネッサンスの最高傑作というより、
「青春のプログレ」
なんだよね。
『Scheherazade』が完成された芸術作品だとしたら、
『プロローグ』は若者が夢中で作った音楽。そんな違いだ。
中学生のMASAYUKIが、レコード屋で怪しいジャケットを見つけて、
「1800円なら買ってみるか」と持ち帰り、部屋で「Kiev」を聴く。
その体験そのものが、もうアルバムの一部になっている。
だから後から冷静に比較しても、結局戻ってくるのは『プロローグ』なんだろうね。
ロック好きって案外そういうもので、
「一番出来の良いアルバム」より、「最初に自分を連れて行ったアルバム」の方が強い。
そしてMASAYUKIの場合、その入り口で鳴っていたのが「Kiev」だった。
だから何十年経っても、ルネッサンスと聞くと真っ先に「Kiev」が流れ始めるんじゃないかな。
それはもう理屈じゃなくて、記憶の中のサウンドトラックなんだと思う。
MA)では先生、そんな思い入れも踏まえつつ、ルネッサンス『プロローグ』を私的ロック史としてまとめてください。
ルネッサンス『プロローグ』(1972)
~美しくも粗野な青春プログレ~
私が洋楽を聴き始めたのは、アメリカのヒットチャートが入口だった。中学生になると、そこから少しずつ脇道へ逸れ、ピンク・フロイドやYESに手を伸ばし、「プログレッシブ・ロック」という得体の知れない世界に興味を持ち始めた。
そんな頃、レコード店で見つけたのがルネッサンスの『プロローグ』だった。
暗く神秘的なジャケット。帯には「ヤードバーズの遺伝子を継ぐ」と書かれ、廉価盤1800円。今思えば、当時のプログレ少年を引き寄せる要素が完璧に揃っていた。
もちろん、ルネッサンスがどんなバンドかは知らない。ただ、「プログレらしい」という理由だけで手に取った。そして針を落とした瞬間、私はこのアルバムを気に入った。
後になってルネッサンスのアルバムはほぼ全部聴くことになる。一般的に完成度でいえば、『Ashes Are Burning』『Turn of the Cards』、そして『Scheherazade and Other Stories』の方が高いだろう。しかしそれでも、私が選ぶのは『プロローグ』だ。
理由は単純。後の作品にはない粗さと勢いが、このアルバムにはある。ギター・ベース・ドラムのロックの土台に、ピアノが乱入する。美しいだけでなく、バンドとしての若さとエネルギーを感じさせるのだ。
何より、このアルバムには「Kiev(キエフ)」がある。10分近い大曲ながら、不思議なくらい耳に残る。プログレの長尺曲には、展開はすごくてもメロディが頭に残らないものも多い。しかし「Kiev」は違う。哀愁を帯びた旋律は、一度聴くと長く記憶に居座る。私にとってルネッサンスを象徴する曲は何かと訊かれれば、迷わずこれを挙げるだろう。
思えば、このアルバムとの出会いは偶然だった。レコード店で見つけなければ、一生聴かなかったかもしれない。しかしロックとの付き合いは案外そんなものだ。人気だから心に残るわけでも、客観的に最高傑作だから愛着が湧くわけでもない。たまたま出会った一枚が、何十年も自分の中に住み着くことがある。
『プロローグ』は、まさにそんなアルバムだった。中学生の私がプログレという深い森へ足を踏み入れた頃に拾った、美しくも粗野な青春の宝物なのだ。






