MA)今日はセックス・ピストルズの『勝手にしやがれ』(Never Mind the Bollocks)の話をしよう。もう言わずもがな、パンクの象徴的アルバムだね。
先生)うん、ついに来たね。
セックス・ピストルズの『勝手にしやがれ』、原題は『Never Mind the Bollocks, Here’s the Sex Pistols』。1977年に発表された、パンクを象徴する一枚だ。
ロック史的には、音楽そのもの以上に「現象」として語られることが多いアルバムだね。
ジョニー・ロットンの吐き捨てるようなヴォーカル、スティーヴ・ジョーンズの分厚いギター、直線的なリズム。そして「Anarchy in the U.K.」「God Save the Queen」といった挑発的な曲。
ただ荒いだけではなく、実はかなり整理されたロックでもある。音はシンプルで、曲もわかりやすい。だからこそ、怒りや反抗の姿勢がまっすぐ届く。
MASAYUKIにとっては、このアルバムはいつ頃の出会いだった?
MA)ボクが高校に入ったのは1983年。それまでの田舎の中学校から、都会のド真ん中の私立高校に入学したんだ。中学時代はロックを聴いているヤツなんか数えるほどしかいなかったけれど、そこでは一気に世界が広がるものと期待もしていたんだ。
だけど、実際は違った。確かに、バカみたいにアイドルを追いかけているようなヤツはいなくなって、洋楽を聴くヤツが多かったんだけど、みんななんというか、ファッション感覚なんだよね。すぐに「ああ、こいつらとも合わねえな」と感じた。そこからはもう、反抗一直線だね。そこでパンクなんだよ。
先生)その流れはリアルだね。
田舎の中学から都会の私立高校へ行けば、もっとロックの話ができると思っていた。ところが、そこにいたのは、音楽を生き方として聴いている連中ではなく、洋楽をファッションとして身につけているような連中だった。
そこで「ああ、ここでも合わない」と感じる。
その失望が、パンクへ向かうきっかけになったんだと思う。
ピストルズは、音楽的な好みというより、そのときのMASAYUKIの気分にぴったり合っていたんだろうね。
MA)ピストルズ以前から、ジョン・ライドンのPILは聴いていたんだ。まあ、正直言ってあまりいいとは思わなかったんだけど「これが今を生きる反逆の音だ」なんて気持ちで聴いてた。
まあ、そこからピストルズに向かうのは自然の流れ。パンクって言葉は知っていたけれど、実際の音に触れるのはそれが初めて。でも、想像してたよりシンプルでストレートだった。このわかりやすさこそが真髄だったんだろう、と今は理解できるけどね。
先生)PILからピストルズへ向かったというのが面白いね。
普通ならピストルズからPILへ進む。でもMASAYUKIの場合は、先にPILの難しさや異物感に触れて、それからピストルズに戻った。
すると、『勝手にしやがれ』は意外なほどわかりやすかったはずだ。
複雑な実験ではなく、短くて、直線的で、怒りがそのまま音になっている。
そのシンプルさが、当時のMASAYUKIには必要だったんだと思う。
MA)PILは中学時代に友人のA君から借りたんだよ。彼は中3のときにいきなり髪を逆立てて登校してきた。それまではボクと同じく、プチ校則違反の長髪で勝負していたんだけど、いきなりの変貌に驚いた。訊いてみると「パンク」だという。ボクも高校時代には一度そんな髪にするんだけどね。
まあ、そんなんで「ロックで最も反逆精神を表せるのはパンクなんだ」って知ったんだよ。『勝手にしやがれ』は、確か貸しレコード屋で借りてダビングした。
先生)A君の逆立てヘアは、この話の入口としてかなり強いね。
音楽雑誌の知識ではなく、いきなり同級生の頭でパンクを知る(笑)。
それまでの長髪は、まだ校則への小さな抵抗だった。でも髪を逆立てると、もう意味が変わる。明らかに「普通じゃない」ことを選んでいる。
その姿を見て、MASAYUKIはパンクというものを、音より先に態度として知ったんだろうね。
そして貸しレコード屋で『勝手にしやがれ』を借り、カセットにダビングする。
このあたりから、パンクが自分のものになっていく。
MA)当時はウォークマンだね。録音したカセットを入れて、イヤホンで聴く。もう、電車の中でも、授業中でも聴いてたよ。あれ、コードを頭の後ろから通すと、正面からはわからないんだよ。髪も長かったし。もう、「アナーキー・イン・ザ・UK」なんて、当時のボクのテーマ曲だった。
先生)そこが今回の中心だね。
ウォークマンに入れた『勝手にしやがれ』を、電車の中でも、授業中でも聴く。
外から見れば、制服を着た高校生が黙って座っているだけかもしれない。でも、耳の中では「Anarchy in the U.K.」が鳴っている。
イヤホンコードを頭の後ろに通して隠すというのも、いかにも当時らしい小さな抵抗だね。
表向きは何も起きていない。けれど、内側ではずっと反乱が鳴っている。
MA)そうそう、ボクの高校、キリスト教だったから、それもピッタリだったんだよ。もう、毎日が反抗。当時のボクのモットーは「笑わない」「喋らない」「上を向かない」だった(笑)
先生)それはもう、完全にこの回のタイトルだね。
キリスト教の学校。聖なる校舎。祈りや規律の空気。
その中で、長髪の高校生がウォークマンで「Anarchy in the U.K.」を聴いている。
しかもモットーが「笑わない」「喋らない」「上を向かない」。
これは、言葉にすると少し笑えるけれど、本人にとってはかなり本気だったはずだね。
周囲に馴染むことを拒否する。簡単に笑わない。軽く話さない。教師や学校の空気に従わない。
その無言の態度そのものが、MASAYUKIにとってのパンクだったんだと思う。
MA)当然そんなんだから、教師からは目を付けられていたし、同級生は洋楽好きかと思って話してくるヤツもいたけど、返り討ちにしてた(笑)
もう孤立することなんて全然平気だったね。まあ、こんなんでも仲良くしているヤツはいたけれど。
先生)「返り討ち」というのがいいね(笑)。
洋楽好き同士として近づいてくる相手がいても、MASAYUKIからすると「そういうことじゃない」わけだ。
音楽の話をしたいのではなく、ロックをどう受け止めているかが問題だった。
だから、話が合わない相手とは合わない。
孤立しても平気だったというのも、パンクの受け止め方として自然だと思う。パンクは仲間を増やすための音楽でもあるけれど、同時に「ひとりで立つ」ための音楽でもあるからね。
MA)後に1977年パンクはいろいろ聴いた。クラッシュ、ダムド、ジャム、ストラングラーズなんか。でもピストルズのこれが一番ハマったし、やっぱり代表格なんだよね。この一枚で終わったというのもあるけど。
先生)そこは大きいね。
クラッシュ、ダムド、ジャム、ストラングラーズ。それぞれに魅力はあるけれど、ピストルズの『勝手にしやがれ』には、一枚で終わったからこその強さがある。
続いていれば、変化したり、成熟したり、評価が分かれたりしたかもしれない。
でも、ピストルズはほとんどこの一枚で神話になった。
荒削りなようで、実は曲も演奏もかなり強い。しかも、反抗のイメージが凝縮されている。
だからこそ、MASAYUKIの高校時代のテーマ曲として刺さったんだと思う。
MA)確かに音そのものよりも、思想を求めていたんだよね。といっても歌詞もろくに解らないから、とにかく聴く。聴きながら眉間に皺を寄せる…。
それとともに、音的にはやっぱりプログレとか、70年代前半以前のものを好んで掘り起こしてた。そんな感じだったよなあ、16歳の少年は(笑)
先生)そこが面白いね。
ピストルズに求めていたのは、細かい歌詞の意味というより、姿勢や思想だった。
でも英語の歌詞を全部理解していたわけではない。だから、とにかく聴く。眉間に皺を寄せて聴く(笑)。
その一方で、音楽としてはプログレや70年代前半のロックも掘っていた。
つまり、音として好きなものと、生き方として必要だったものが少し違っていたんだろうね。
ピストルズは、音楽の好みを超えて、当時のMASAYUKIに「態度」を与えたアルバムだったんだと思う。
MA)とはいっても、ピストルズは音的にも十分に楽しめた。『勝手にしやがれ』には入っていないけれど、シドが歌う「マイ・ウェイ」のパロディは最高だな。今でもよく聴くよ。
先生)シド・ヴィシャスの「My Way」は、ピストルズ周辺の悪ふざけと破壊衝動がいちばんわかりやすく出た曲だね。
元の曲が持っている人生の総括みたいな重みを、わざと壊して、茶化して、最後には乱暴に放り投げる。
それがくだらなくもあり、妙に痛快でもある。
『勝手にしやがれ』本体とは別だけれど、ピストルズという現象の余韻として、MASAYUKIが今も聴いているのはよくわかる。
MA)うん、パンクとかメタルって、単にファッションだと思っているヤツ多いよね。ボクもピースマークの缶バッジをブレザーに付けて登校したりしてたけど、そういうのじゃない。反逆も孤立もしたことない連中が、パンクファッションに身を包んで群れているのを見ると虫唾が走ったものですよ。今はどうでもいいけどね(笑)
先生)そこも、この回には必要な話だね。
パンクは、たしかにファッションにもなった。安全ピン、鋲ジャン、逆立てた髪。外側の記号はわかりやすい。
でもMASAYUKIにとって、それは単なる飾りではなかった。
孤立すること、馴染まないこと、教師に目をつけられること。そういう実感があって初めて、パンクは態度になる。
だから、反逆も孤立も経験しないまま、形だけを身につけているように見える人間には腹が立ったんだろうね。
今はどうでもいいと言えるところに、時間の経過も感じるけれど(笑)。
MA)時間の経過ついでに、その後のジョン・ライドンについて簡単にまとめてみて。
PILはまだやってるし、近年のアルバムも聴いてみたけど、やっぱり音的にはボクの求めたものではなかったようだ。でもそれも、ジョン・ライドンとしての在り方だね。
先生)ジョン・ライドンを、ジョニー・ロットンのまま止めてしまうと見誤るんだろうね。
ピストルズの後、彼はPILでまったく違う方向へ進んだ。そこでは、ストレートな怒りよりも、もっと冷たくて、実験的で、ひねくれた音楽を作っていく。
MASAYUKIが求めたパンクの音ではなかったとしても、それもまたライドンらしい。
同じ場所に留まらない。周囲が期待する「ロットン像」をなぞらない。
2023年の『End of World』も、若い頃の爆発とは別の音楽だけれど、彼が自分のやり方で続けていることは伝わる。
つまり、ライドンにとってのパンクは、同じ音を繰り返すことではなく、期待を裏切り続けることなのかもしれない。
MA) うん、今はもうどうでもいいんだけど、全くどうでもよくもないんだけどね(笑)
ということで、今回のセックス・ピストルズ『勝手にしやがれ』の話、まとめようか。
セックス・ピストルズ『勝手にしやがれ』
――聖なる校舎のアナーキー――
1983年、私は田舎の中学から、都会のキリスト教高校へ進んだ。
そこではもっとロックの話ができると思っていた。だが、実際には違った。洋楽を聴く生徒はいたが、私にはそれがファッション感覚に見えた。
「ああ、こいつらとも合わねえな」
そう思ったところから、高校時代の反抗は始まった。
パンクという言葉を最初に強く意識したのは、中学時代の友人A君が、突然髪を逆立てて登校してきたときだった。音楽が、髪型や態度として現実に現れた瞬間だった。
その後、私はPILを聴き、貸しレコード屋でセックス・ピストルズの『勝手にしやがれ』を借りてダビングした。
当時はウォークマンで聴いていた。
電車の中でも、授業中でも、イヤホンコードを頭の後ろに回して隠しながら聴いた。
「Anarchy in the U.K.」は、当時の私のテーマ曲だった。
キリスト教の学校。祈りと規律の空気。
その聖なる校舎の中で、私はひとり、ウォークマン越しにアナーキーを鳴らしていた。
当時のモットーは、「笑わない」「喋らない」「上を向かない」。
今思えば笑ってしまうが、本人はかなり本気だった。
教師からは目をつけられ、同級生ともなかなか合わなかった。それでも孤立することは平気だった。むしろ、簡単に馴染まないことこそが、自分の立ち位置だった。
その後、クラッシュ、ダムド、ジャム、ストラングラーズなど、1977年パンクはいろいろ聴いた。
けれど、いちばん刺さったのは、やはりピストルズだった。
この一枚で終わったことも大きい。『勝手にしやがれ』には、続いていくバンドの歴史ではなく、一瞬で燃え上がって消える反抗の純度があった。
正直に言えば、歌詞をきちんと理解していたわけではない。
それでも、とにかく聴いた。
眉間に皺を寄せて聴いた。
私がピストルズに求めていたのは、音楽の好みだけではなかったのだと思う。
そこに求めていたのは、態度だった。
世界に対してどう立つか。
周囲に馴染めない自分をどう引き受けるか。
その答えのひとつとして、ピストルズが鳴っていた。
パンクを、単なるファッションだとは思いたくなかった。
今はもう、どうでもいい。
でも、全くどうでもよくもない。
『勝手にしやがれ』は、私にとって、パンクの代表作というだけではない。
都会のキリスト教高校で、ウォークマンを隠しながら聴いた、無言の反抗の記録である。
聖なる校舎の中で、私はひとり、アナーキーを鳴らしていた。
その音は、今でも完全には消えていない。
おわり