MA)先生、今日はローリング・ストーンズの『フラワーズ』を語ろう。英国オリジナルではないんだけどね。
先生)いいねぇ、その一言で「あ、今日はそのテンションか」って分かるやつだ😄
じゃあいこう。ローリング・ストーンズ『Flowers』。
英国オリジナルじゃない、でも無視できない問題作。
◇ Flowersという“編集盤のくせに名盤”
まず前提整理から。
- 1967年リリース
- アメリカ編集盤(ロンドン・レコード)
- 英国盤アルバム未収録曲・シングル曲・B面の寄せ集め
……なんだけどね。内容が強すぎる。
正直、「寄せ集め」という言葉が失礼なくらい、
結果として“60年代ストーンズのポップ/サイケ期ベスト盤”になってしまった。
収録曲を見た瞬間に勝負が決まる
いきなりこれだよ。
- Ruby Tuesday
- Have You Seen Your Mother, Baby, Standing in the Shadow?
- Let’s Spend the Night Together
- Lady Jane
- Out of Time
……ちょっと待て、と。
**これ全部“アルバムに入ってなかった”ってどういうこと?**ってなる。
特に「Ruby Tuesday」+「Lady Jane」
この並び、もはやストーンズの叙情性・英国性の結晶だよね。
サイケだけど、浮ついてないのがストーンズ
67年というと
- ビートルズは『Sgt. Pepper』
- 世の中は完全にサイケ
ストーンズも当然影響は受けてるけど、
『Flowers』を聴くと分かるのは、
あ、この人たち どこまで行っても“地面を踏んでる”
- フルートが鳴っても
- チェンバロが鳴っても
- 服装が女装でも(笑)
芯はブルースと歌謡性。
だから今聴いても古臭くならない。
「英国オリジナルじゃない問題」について、はっきり言うと
ここ、忖度なしで言うね。
👉 リスナー側には、正直どうでもいい。
むしろ
- 英国盤原理主義 → 歴史的には正しい
- でも「よく聴く1枚」は? → Flowers
って人、かなり多いはず。
編集盤だけど、編集者のセンスが奇跡的に冴えてた時代の産物。
結論:これは「米国の功罪」の“功”の方
アメリカ市場向けに
- 曲を切り貼り
- アルバムを水増し
という“罪”も確かにあった。
でも『Flowers』に限っては、
🌸 余計なことをしたら、逆に傑作が生まれた 🌸
という珍しいケース。
MA)ビートルズもそうだけど、シングルとアルバムを分けて考えていた時期だよね。それが英国オリジナルと米国編集とあるから、もう訳がわからない。基本的には英国オリジナルを聴くというスタンスだけどね。
先生)うん、そのスタンスはいちばん筋がいいと思う。
そして混乱するのも、まったく正常(笑)
整理すると、当時はこういう価値観の断層があったんだよね。
英国側の発想(ビートルズ/ストーンズ共通)
- シングルはシングル
- アルバムはアルバム
- 両者は基本的に混ぜない
→ アルバムは「まとまった作品(statement)」という意識
これはThe Beatles もThe Rolling Stones も同じ。
だから英国オリジナル盤を追うと、
「名曲なのにアルバムに入ってない?」
という現象が頻発する。
でも彼らにとってはそれが当たり前だった。
米国側の発想(完全に商業ロジック)
一方アメリカは真逆。
- ヒット曲はアルバムに入れろ
- LPの曲数が足りなければ足せ
- 既発曲?関係ない
- 売れれば正義
結果として
- 英国オリジナル
- 米国編集盤
- シングル/B面
が蜘蛛の巣状に絡む。
そりゃ訳わからなくなる😅
でもね、ここが重要な分岐点
MASAYUKIの
基本的には英国オリジナルを聴く
これは「作品として向き合う」聴き方。
いっぽう米国編集盤(例:『Flowers』)は、
- 当時のリスナー体験
- シングル文化の熱量
- ポップとしての即効性
を保存している。つまり、
- 英国盤=作者の思想
- 米国盤=時代の空気
どっちが正しい、じゃなくて役割が違うんだよね。
だから結論をズバッと言うと
- 思考の軸:英国オリジナル(← MASAYUKIの立ち位置、正解)
- 例外的に:
「あ、これは“歴史的に面白い編集だな”という米国盤をつまみ食い」
この距離感がいちばん気持ちいい。
全部追いかけるとディスコグラフィ地獄になるから(笑)
MA)ボクがこれを初めてカセットテープに収めたのは高校生の頃で、当時はキレイに順番に聴いていくほどの財力もなく、貸しレコードや中古レコードで安く入手できるもの優先だった。後に『High Tide and Green Grass 』と『Through the Past Daekly 』もしっかり買うんだけどさ、その時から聴いている『フラワーズ』がいちばんしっくりきちゃってるんだよね。
先生)それ、すごく正直で、健全で、ロックな聴き方だと思うよ。
しかも「結果として一番しっくり来るのが『フラワーズ』」って、まったく不思議じゃない。
高校生の頃の話、情景が浮かぶんだよね。
順番通りに、体系的に、なんて無理。
財布とレンタル棚と中古屋の在庫が、勝手にカリキュラムを組んでくる(笑)
それで最初に身体に入ったのが
Flowers
――これはもう、理屈より先に“刷り込み”が起きる。
ベスト盤を後追いで「理解」しても、上書きはできない
後になって、
- High Tide and Green Grass
- Through the Past, Darkly
をちゃんと買う。
これはもう大人の耳・整理された知識で聴くストーンズ。
でもね、最初に自分の時間と結びついた1枚は、別枠なんだ。
- 通学路
- 部屋での一人時間
- カセットのA面B面
- テープが少し伸びて音がヨレる感じ
そういう全部込みで
『フラワーズ』は**音楽じゃなくて“記憶装置”**になる。
『フラワーズ』が「しっくり来る」理由を、あえて言語化すると
これは感情論だけじゃなくて、構造的にも理由がある。
- シングル中心 → 即効性が高い
- 67年前後の曲に集中 → トーンが揃っている
- 英国的叙情とポップ感が共存 → 疲れない
つまり「何度も途中から聴いても成立する」。
カセット世代にとって、これは致命的に相性がいい。
結論:それでいい、むしろそれが正解
ディスコグラフィ的には
- 英国オリジナル重視 → 正しい
- 歴史的理解 → 大事
でも「自分にとっての1枚」は、「先に耳に入った」「何度も聴いた」
「金がなくても一緒にいた」これで決まる。
MASAYUKIにとって『フラワーズ』は“最初に咲いた花なんだよ。
MA)当時はまだ70年代の王道ロックンロールよりも、サイケに寄っているストーンズの方が好きでね。(今はどっちも好きだけど)
この路線だと『サタニック…』や『ビトゥウィーン…』が正規なんだけど、『フラワーズ』は美味しいところを集めて、しかもなんだか統一感もある、これを正規盤にしてほしいくらいの作品じゃない?(笑)
先生)それ、めちゃくちゃ分かるし、かなり的確な感覚だと思うよ(笑)
結論から言うと――「正規盤にしてほしい」気持ち、全然おかしくない。むしろ合理的。
サイケ寄りストーンズが一番“色っぽかった時期”
MASAYUKIの言う通り、
- Their Satanic Majesties Request
- Between the Buttons
この2枚が正規ルートなのは事実。
でもね、正直に言うと――どっちも 「ムラがある」。
- 『サタニック』は→ 野心的だけど、実験が先行して曲が弱い瞬間がある
- 『ビトゥウィーン』は→ 曲はいいが、アルバムとしての統一感が曖昧
そこで現れるのが、例の問題児。
『フラワーズ』が異常に“まとまって聴こえる”理由
Flowers これ、編集盤のくせに、なぜか完成度が高い。
理由ははっきりしてる。
① サイケ期の「美味しい部分」だけを抽出
- 奇をてらいすぎない
- でもロックンロール以前でもない
- 叙情・装飾・メロディが最高潮
② 実験の失敗作が入らない
-
アルバム曲だと「まあ…時代だよね」で許される曲が、ここでは落選
→ 結果、濃度が高い
③ トーンが揃っている
- 67年前後に集中
- テンポ感も感情温度も近い
これ、意図せずコンセプト・アルバム化してるんだよ。
70年代王道ロックンロールとの対比も美しい
MASAYUKIが言うように、
- 若い頃:サイケ期に惹かれる
- 今:70s のロックンロールもちゃんと美味しい
これ、ストーンズの正しい年の取り方(笑)
でもね、何度戻っても居心地がいいのは『フラワーズ』
それは、「危険になる直前」「大人になる直前」
「自覚がまだ曖昧だった時代」のストーンズだから。
まとめると
- 正規かどうか? → 歴史的にはNO
- 作品としてどうか? → YESどころか上位
- 個人史において? → 完全に正規
だから、「これを正規盤にしてほしい」
は冗談じゃなくて、リスナー側から見た真実だと思う。
MA)まあ、ボクの私的な刷り込みも大きいんだけどね。高校の修学旅行で、ウォークマンと、カセットテープをたくさん持って行って、一人で周囲を遮断して聴いてた。その時のラインナップに『フラワーズ』もあったから。
先生)それを聞いたら、もう答えは出てるよ。
理屈でも評価でもなく、人生の中で“一人きりになった時間”に鳴っていた音――それが勝ち。
高校の修学旅行って、面白い時間なんだよね。みんなで行動してるようで、実はずっと「個」と「集団」の境目にいる。夜、テンション高い連中もいれば、ちょっと距離を置きたくなる瞬間もある。
そこでウォークマン+カセット。
あれはもう
🎧 携帯型・自己遮断装置
世界をオフにして、自分の内側だけをオンにするスイッチ。
そのとき鳴っていた Flowers は、もはや「アルバム」じゃない。
部屋の匂い、窓の外の景色、車内のざわめき、自分だけが切り離された感覚…
それ全部を一緒に保存してるメディア。
だから後年、
- 正規だとか
- 編集盤だとか
- 英国オリジナル至上主義とか
そういう話を全部理解した上で、それでも「一番しっくりくる」と感じるのは、
刷り込みだからじゃない。体験だから。
……さて。
もし修学旅行の夜に 1曲だけいま改めて流すとしたら、
『フラワーズ』の中からどれを選ぶ?
それ、今のMASAYUKIを一番よく映すはず。
MA)そうだね、みんないいんだけど、今のボクが好きなのは、「Take it or Leave it」と「Sittin’ on a Fence 」 ともにその時代ならではの曲でしょ?
先生)うん、その2曲を挙げるあたり、**今のMASAYUKIの耳は完全に「67年の内側」**にいると思う。
派手さゼロ、でも残る。年を取ったから分かる曲だね。
Take It or Leave It
これはもう、完全にその時代の空気の結晶。
- メロディは甘い
- でも感情は冷めてる
- 「愛してる」でも「去れ」でもない
Take it or leave it
→ 選択肢を提示するふりをした、距離の宣言
この距離感、70年代のストーンズにはもうないし、
初期R&B期にも存在しない。
**66–67年の“都会的な倦怠”**だけが持ってる温度。
若い頃は「地味」「印象薄い」で終わった曲が、
今は一番信用できる語り口に聞こえるの、分かる。
Sittin’ on a Fence
こっちはさらに決定的だね。
- 動かない
- 決めない
- どこにも行かない
I’m sittin’ on a fence
→ 選ばないことを選んでいる状態
これはもうロックンロール以前/以後じゃなくて、
**「サイケ直前の宙吊り期」**の精神そのもの。
しかもこれ、若さの優柔不断じゃないんだよね。
👉 世界がどこへ行くか分からないから、あえて止まっている
今のMASAYUKIがこれを好むの、正直かなり腑に落ちる。
この2曲に共通しているもの
はっきり言うね。
- 爆発しない
- 主張しない
- カタルシスもない
でも、
- 誠実
- 観察者の視点
- まだ何者にもなりきっていない自分
まさに修学旅行でウォークマンを聴いていた
「集団から半歩引いた高校生」と、
いまの「すべてを知った上で立ち止まれる大人」が
一本の線でつながる場所。
だからこれは「時代の曲」でもあり、「個人史の曲」でもある
この2曲は、
- 67年でなければ生まれない
- 70年代に入ったら不要になる
- でも人生のある地点でだけ、強烈に必要になる
『フラワーズ』が「正規版にしてほしい」と感じられる理由も、
結局ここなんだと思う。
派手な代表曲じゃなく、こういう曲が自然に前に出てくるアルバムだから。
最後に、これは答えなくてもいい問いを置いておくね。
もし『フラワーズ』が修学旅行のアルバムだとしたら、
この2曲は「夜」なのか「移動中の車窓」なのか。
どっちに鳴ってるかで、
今のMASAYUKIの立ち位置、だいたい分かる気がするよ。
MA)そう?浮かぶのは移動中の車中だよ(笑)
ということで先生、今回のローリング・ストーンズ『フラワーズ』を、私的ロック史としてまとめてください。
先生)いいオチだ(笑)夜じゃない、移動中の車中。
