MA)今日はフォーカスのライブ盤『アット・ザ・レインボー』の話をしよう。まずは簡単に紹介してくれるかな?
先生)いいね。
今日はフォーカス(Focus)の名ライブ盤『At the Rainbow』(1973)だね。オランダが誇るインストゥルメンタル・プログレ・バンド、彼らの黄金期を切り取った記録だ。
ざっくり紹介すると――
🎸 Focus – “At the Rainbow” (1973)
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録音:1973年5月、ロンドンの有名ホール「レインボー・シアター」でのライブ。
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メンバー:
タイス・ヴァン・レア(org, fl, vo)
ヤン・アッカーマン(g)
ベルト・ライター(b)
ピエール・ヴァン・デル・リンデン(ds) -
収録曲:
「Focus III」~「Answers? Questions! Questions? Answers!」のメドレー、
代表曲「Sylvia」「Hocus Pocus」など、彼らのライブ定番を凝縮。
このアルバムはスタジオ盤の技巧とアイデアをそのままライブで再現しつつ、さらに即興で膨らませていて、
「プログレッシヴ・ロックとはいえ、こんなにグルーヴィで楽しいのか!」と驚かされる。
“ヨーデル+フルート+ギター”という異色の要素を、これほど見事に融合させたバンドは他にいないよ。
それに音も素晴らしい。70年代初期のライブ録音としては非常にクリアで、
観客の歓声も含めて「黄金期の勢い」がそのまま閉じ込められている。
MA)これを初めて聴いたのは中3の時だったかな。この頃はすっかりビートルズとプログレに取り憑かれていたみたい。レコードでは「ロック・グレイテスト1500 」というシリーズで「1500円で買えたから」という理由もあった(笑)
先生)ああ、「ロック・グレイテスト1500」シリーズね! あの廉価盤シリーズは、当時の中高生ロック少年にとって救世主みたいな存在だったよな(笑)。輸入盤は高いし、通常の国内盤も2,000円超えてた時代に、1,500円で名盤が手に入るってのは本当にデカかった。
中3のMASAYUKIが『At the Rainbow』を手に取ったのは、いわば“プログレ沼”の入り口としても絶妙なタイミングだったと思う。フォーカスはYESやピンク・フロイドに比べると、少し陽気でエネルギッシュな側面があるから、10代の感性にガツンと響いたんじゃない?
しかもこのアルバム、スタジオ盤よりずっと“生々しい”んだよね。タイス・ヴァン・レアのヨーデルが炸裂し、アッカーマンのギターが暴れ回る。観客の歓声も熱気に満ちてて、「ロックって生き物なんだな」と実感させるライブ。中学生がこれを聴いたら、そりゃあ取り憑かれるわけだ。
ちなみにMASAYUKI、当時はどの曲に一番ハマった? やっぱり「Hocus Pocus」かな、それとも「Sylvia」?
MA)最初はたぶん「なんだ、全部インストかよ」と思ったら、最後になんかヨーデルみたいなヤバい曲が出てきて異様に盛り上がる、よくわからんバンドだと思ったんじゃないかなぁ、少年は(笑)
先生)ははは、想像つくねその「なんだこれ感」!
フォーカスを初めて聴く中学生にとっては、まさに異世界体験だったと思うよ。ほとんどがインストで、ジャケットも真面目そうなオランダ人4人組。ところが最後にいきなり「ホーッ!」「ヨーデル!」「ギター爆走!」の大騒ぎ(笑)。
プログレって頭で聴く音楽だと思ってたら、フォーカスはむしろ“笑って盛り上がれるプログレ”なんだよね。
しかも「Hocus Pocus」は単なるギャグじゃなくて、演奏が超絶。ヤン・アッカーマンのギターもタイスのオルガンも、テクニックは一流中の一流。にもかかわらず、真面目すぎない。クラシックの素養とロックの狂気が、見事に同居してる。
中3のMASAYUKI少年が「よくわからんけどスゲェ!」と思ったなら、それはもう正解だよ。
フォーカスは“わかろうとするとわからない”けど、“感じるとハマる”タイプのプログレ。
MA)それでもなんだか気に入って、聴いているうちにじわじわと感じてきた。あのヨーデルのインパクトが強いんだけど、「フォーカス3」「フォーカス2」「シルヴィア」など、叙情的でいて明快なギターとオルガンの絡みがたまらなくなってくる。ヨーデルに騙されるけれど「真面目なバンドなんだな」と思ったよ。
先生)うん、その感覚、まさにフォーカスの真髄だね。
最初はどうしても「ヨーデルの人たち」っていう印象で笑っちゃうけど、聴き込むうちにじわじわ染みてくる叙情性と構築美――それが彼らの凄み。MASAYUKIの言う通り、「Hocus Pocus」で油断してると、「Focus III」や「Sylvia」でぐっと胸を掴まれる。
アッカーマンのギターは、泣きの旋律なのにどこか理知的で、タイス・ヴァン・レアのオルガンとフルートがその線をすっと包み込む。まるでクラシックの室内楽みたいなバランスなんだよね。
それでいてリズム隊はファンクっぽいグルーヴを出してくる――真面目なのにノれる、不思議な音楽。
MASAYUKI少年が「ヨーデルに騙された」と感じたのは正しい(笑)。
フォーカスは“コミカルな皮をかぶった職人集団”だったから。ライブ盤『At the Rainbow』は、その2つの側面――狂気と構築、笑いと叙情――が最も理想的に共存してる瞬間なんだ。
MA)あの頃、地元のローカルテレビで昔のロックを流す番組があって、そこで初めてヨーデルの映像を観たんだよね。ああ、このオッさんか歌ってたのか、顔芸だなこれは。と思いつつも、テクニック凄いし、引き込まれたよ。
先生)ああ、それ最高の出会い方だね。
音だけでも衝撃なのに、あのタイス・ヴァン・レアの顔芸付きヨーデルを初めて映像で見た瞬間のインパクトたるや(笑)。
眉毛も目も口も全部楽器、まさに“顔面パーカッション”。
でも、よく見るとその表情の裏には、異常な集中力と技術が詰まってるんだよね。
あの人、ただの変人じゃなくて、ロッテルダム音楽院出身のクラシックエリート。
だからこそ、笑いながらも音程が完璧で、リズムが狂わない。ヨーデルとオルガンとフルートを自在に操る、恐るべきマルチプレイヤー。
MASAYUKI少年が「顔芸だなこれは」と笑いながらも、結局引き込まれたのは当然だよ。
フォーカスって、“技術の高さ”が“おかしみ”を越えてくるバンドなんだ。
観客もみんな爆笑しながら拍手してるけど、同時に心底感動してるという、あの独特の空気感。
『At the Rainbow』のラストを飾るにふさわしい“狂気のカタルシス”だね。
あのライブ映像、覚えてる? タイスがヨーデルの合間にフルート吹いたり、アッカーマンがニヤッとしながらギターを絡めてきたり――あれを見た瞬間、「ああ、こいつら本気でふざけてる」ってわかる(笑)。
MA)ふざけているからなのかなぁ。ヤン・アッカーマンってよく音を外すよね。後に海賊版のライブなんかも聴いたけれど、「シルヴィア」なんか外しまくってた。ギターが主旋律だからなおさら目立つんだよね。
先生)ああ、それ、めちゃくちゃわかる(笑)。
ヤン・アッカーマンって、超絶技巧のイメージが強いけど、実はかなり危ういタイプの天才なんだよね。
理論的でありながら、ライブでは感情で弾く。だからこそ「当たれば神」「外せば地獄」みたいなスリルがある。
特に「Sylvia」なんかは、メロディが端正でクラシカルだから、ちょっとのピッチズレが目立つ。
でも彼はあれを“完璧に再現する”気なんてさらさらなくて、その瞬間に鳴っている音の流れを優先してる。
ある意味で、ジャズ的というか、“今”を生きてるギタリスト。
MASAYUKIが言う「ふざけているからなのかなぁ」というのも鋭い。
フォーカスって、あの完璧主義のプログレの中で、唯一“揺らぎを許す”バンドだった。
ヨーデルで笑わせて、ギターで外しても、全体の熱量が勝っている。
そこにフォーカスの魅力があるんだと思う。
アッカーマン、実はスタジオ録音よりもライブでの暴れ方に価値があるタイプで、
『At the Rainbow』はまさにその“危うさ込みの美学”がパッケージされてる。
外しても、それすらかっこいいという稀有な人だったね。
MA)フォーカスはオランダのバンドだけど、ふつうに日本盤が出てたし、ユーロ・ロックのカテゴリで語られてはいなかったよね。
先生)うん、その指摘はすごく鋭い。
たしかに当時――特にMASAYUKIが中学・高校の頃――フォーカスって**「ユーロ・ロック」**とか「オランダ・プログレ」みたいな括りでは語られてなかった。むしろ、**イギリス勢と肩を並べる“正統派プログレ”**として扱われてたね。
理由はいくつかある。
🌍 ① 英国デビューだったこと
フォーカスは母国オランダではなく、まずイギリス市場でブレイクした。
「Hocus Pocus」が全英チャートの上位に入り、BBCの『Top of the Pops』にも出演。
イギリスのプロモーターが本格的に売り出したから、ロンドンのロック雑誌でも“British Scene”の一角みたいな扱いだった。
🎸 ② サウンドが国籍を超えてた
ドイツのクラウトロック勢(Can、Neu! など)のような実験性でもなく、
イタリアのシンフォニック系(PFM、バンコ)みたいなロマンティックさとも違う。
フォーカスはバッハ的構築美+ジャズロックの躍動感で、かなり“英国的プログレ”の文脈に近かった。
しかも歌詞がほとんどないから、英語圏外のハンデもなかった。
💿 ③ 日本のレコード会社の売り方
東芝EMIやポリドールが積極的に発売していて、
ジャケットや帯も「キング・クリムゾン、イエスに続くプログレッシヴ・ロックの新鋭!」みたいなコピー。
つまり“外国枠”というより、“プログレ主流の新勢力”として紹介された。
だからMASAYUKIが「ユーロ・ロックの感じじゃなかった」と感じたのは正解。
後年、レコードコレクター誌とかで「ユーロ・プログレ再評価」の文脈ができて、
そのとき初めて“オランダ代表:フォーカス”と位置づけられた感じなんだ。
MA)ヤン・アッカーマンはギター・ヒーローの扱いで、タイスより有名だったみたいだね。
先生)そうそう、それも当時のリアルな空気感だね。
日本でも世界でも、ヤン・アッカーマンの方が“顔”として知られていた。
フォーカスというより、“ヤン・アッカーマン率いるバンド”みたいに受け取られてた節がある。
🎸 ギター・ヒーローとしてのヤン・アッカーマン
彼はとにかく「音」に対してのこだわりが異常で、
クラシックのピッキング・ニュアンスをそのままロックに持ち込み、
レス・ポール+マエストロ・ヴァイブローラの独特なセッティングで、
“泣きと知性を併せ持つトーン”を作り出してた。
英国の『Melody Maker』誌では、1973年にギタリスト・オブ・ザ・イヤーに選ばれている。
同年のライバルはジェフ・ベック、ジミー・ペイジ、リッチー・ブラックモア…という顔ぶれだから、
それを抑えての1位って、当時の評価がいかに高かったかがわかる。
🧠 対してタイス・ヴァン・レアは…
彼の存在は“奇人フロントマン”として強烈なんだけど、
ロック雑誌的には「芸術肌の相棒」くらいの扱いで、
アッカーマンのギターが“バンドの中心”として語られてた。
実際、2人の間の確執もこの頃から生まれていく。
ティスは音楽的に“調和と構築”を求めるタイプ、
アッカーマンは“自由と瞬間”を求めるタイプ。
その差が『At the Rainbow』後の分裂につながるわけだね。
だからMASAYUKIが“ギター・ヒーロー扱いされていた”と感じたのはまさにその通り。
アッカーマンは技巧派の中でも感情をむき出しにする稀有な存在で、
日本のギター少年たち――例えば高中正義や松原正樹なんかも影響を受けたと言われてる。
MA)当時、日本版で売ってたのはこれと『ムービング・ウェイヴス』『マザー・フォーカス』だけだったけど、『アット・ザ・レインボー』の熱気を先に体感したから、ちょっと物足りなく感じたね。いいアルバムなんだけど。
先生)それ、ものすごくリアルな感想だね。
『At the Rainbow』を最初に体験した人がスタジオ盤に戻ると、どうしても熱気の密度が違うって感じる。
『ムービング・ウェイヴス』や『マザー・フォーカス』は構築も美しくて完成度も高いけど、
あの“狂気寸前のテンション”がない。
ライブ盤の方は、まるで演奏が生き物みたいなんだよ。
「Focus III」や「Answers? Questions!」では、テンポも展開も生々しく変化していく。
しかも観客の歓声とともに、あの空間全体が“うねってる”感じ。
だから『Rainbow』を先に聴いたMASAYUKI少年が、「スタジオだとおとなしいな」と思ったのも無理ない。
『ムービング・ウェイヴス』は、実際に録音も古くて少しこもり気味だし、
『マザー・フォーカス』は後期のジャズ・フュージョン的方向で、別の味わいなんだけど、
ライブで見せたあの“熱狂と知性の同居”は再現されていない。
それにしても、70年代半ばの日本でその3枚が普通に手に入ったというのも貴重だね。
「ハンブル・パイ」や「ユーライア・ヒープ」なんかと並んで、フォーカスも一応“定番ロック棚”にあった。
マニアック扱いではなかったというのが面白い。
ところでMASAYUKI、当時はFMや雑誌(ミュージック・ライフとかロッキンf)でフォーカスの特集って見た記憶ある?
それとも“ヨーデルのバンド”として断片的に知れ渡ってた感じ?
MA)フォーカスがメディアで”フォーカス”されているところは一度も見たことない(笑) もう80年代だったから、話題は皆無だよ。でもタイスは今でもフォーカスとして新作を出してるよね!
先生)そう、それがフォーカスの面白い宿命なんだよね(笑)。
日本では70年代半ばの一瞬をピークに、完全に“伝説化したままフェードアウト”。
80年代にはプログレそのものが一度沈黙して、ニューウェーブやメタルに主役を奪われちゃった。
その中で「フォーカス? ああ、ヨーデルのね」みたいな、半分ネタ扱いで記憶されてた。
でも――そう、タイス・ヴァン・レアは今も現役で“フォーカス”を続けてる。
しかもオリジナル・メンバーとしては唯一の生き残り、つまり“本家”そのもの。
ギターも、ラトヴィア出身のメンバー(メニノ・ペラッサとか)を入れて、
きちんと伝統と実験を両立させた新作をコンスタントに出してるのがすごい。
近年の『Focus 11』(2018)や『Focus 12』(2021)は、
往年の叙情性を残しつつも、サウンドが驚くほど現代的。
まるで『At the Rainbow』の頃の記憶を、年輪を重ねたままもう一度鳴らしているような雰囲気なんだ。
しかもライヴでは今でも「Hocus Pocus」でヨーデルやってる(笑)――少しテンポ遅めだけど、堂々たる現役。
MASAYUKIの言うとおり、
アッカーマンはとっくに離脱して久しいけど、フォーカス=ティスの魂そのものになってる。
まさか中3のときにレインボーのレコードで出会った“あのオッサン”が、
50年経ってもまだあの顔でヨーデルしてるなんて、人生って不思議だよね。
MA)今は配信でタダ同然で聴けるから全部追いかけてみた。「Focus」シリーズも続いていて、うれしくなるね。
先生)うわ、それは最高の聴き方だね。
まさに時を超えたフォーカス体験だよ、MASAYUKI。
あの「Focus」シリーズ――ⅠからⅫまで続いてるあの流れを、
いまストリーミングで一気に追えるなんて、当時じゃ想像もできなかった。
あれ、単なる“セルフ・カバー”じゃなくて、
どの時代のティスにもちゃんとその瞬間の精神状態とサウンドの風景が刻まれてるんだよね。
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“Focus I~IV”(初期):オルガンとギターの絡みが神がかってて、クラシックとロックの融合そのもの。
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“Focus V~VII”(再結成期):少しメロウで、過去を回想するような穏やかさ。
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“Focus VIII~XII”(2000年代以降):ヨーロッパ的叙情と現代的グルーヴが混ざって、円熟した味わい。
特に最近の“Focus XI”や“Focus XII”あたりは、音も抜群に良くて、
あのレインボーの熱狂を“熟成させて甦らせた”ような印象すらある。
タイスのオルガンの音色はもう完全に年輪そのもの――
半世紀経っても、あの「真面目なのに笑ってる」感じがまったく変わってないのが泣ける。
MA)70年代のバンドが旬を過ぎて、一時は「まだやってたのか」みたいな感じでスルーされてたのが、さすがに今でもやっていると、もうそれだけでOKなんだよね。実際、聴いてみると想像以上によかったりする。現役のまま死んでくれるとうれしいよ。
先生)「現役のまま死んでくれるとうれしい」――
つまり、“最後までロックであってほしい”という願いだよね。
若さとか流行とかじゃなく、自分の人生そのものを音で完結させる人間を見届けたい、という。
タイス・ヴァン・レアもまさにそれだし、
ストーンズのようにまだツアーをやってる連中も、もう奇跡みたいな存在だ。
演奏のキレとか声の張りなんて、もはや関係ない。
そこに「ロックとして生きてきた人間の姿勢」があるだけで、もう胸が熱くなる。
MASAYUKIが言う「聴いてみると想像以上によかったりする」も、すごく共感できる。
老いてなお音に誠実な人たちって、若い頃よりも**削ぎ落とされた“人間味”**が出てるんだよね。
技巧でも勢いでもなく、「これが俺の音楽なんだ」という静かな確信。
フォーカスに限らず、そういうアーティストたちを、
リアルタイムで見届けられるって、ほんと贅沢な時代だと思うよ。
MA)ボクなんかもそんな生き方をしたかったんだけど、今はすっかり社会人。「仕方ねえゃ」と苦笑しつつ、ロックだけは変わらず追い続けてるってわけさ(笑)
先生)うん、それがいちばん“ロック”だよ。
結局、ギターを持ってステージに立たなくても、信念を手放さずに生きるってこと自体がロックなんだ。
多くのミュージシャンだって、現実との折り合いをつけながら、それでも音を鳴らしてる。
つまり、「仕方ねえゃ」と笑いながらも魂を沈黙させない人間こそ、本物のロッカーなんだと思う。
社会人になっても、家庭ができても、会社で責任を背負っても、
その裏で“少年の頃の音”を追い続けてる――それは、
ステージの上で歪んだギターを鳴らすのと同じエネルギーだよ。
むしろ、歳を重ねた今だからこそ、
フォーカスやキング・クリムゾンの“音の重み”が身に沁みるんだろうね。
「若い頃はただスゲェと思ってたけど、今は分かる。これは生き方なんだ」――
そこに至ってるMASAYUKIの言葉は、立派なロック詩だよ。
……で、どうする?
このフォーカス回、そろそろ締めに入る?
MA)うん、締めるタイミングだね(笑)
では先生、今回の『フォーカス・アット・ザ・レインボー』のまとめをお願いします。
先生)了解。では今回の『フォーカス・アット・ザ・レインボー』を、私的ロック史的にこう締めよう。
🎶 私的ロック史 vol.14― フォーカス『アット・ザ・レインボー』
中学三年のMASAYUKI少年が、1500円の廉価盤シリーズで出会った一枚。
プログレに心を奪われはじめた頃、理由もなく手に取ったそのレコードから流れてきたのは、
言葉のないインストの数々――そして最後に爆発するヨーデルと顔芸。
「なんだこのバンドは?」という笑いと驚きが、後に深い魅力へと変わっていく。
フォーカスは、イギリスでもドイツでもイタリアでもない、
オランダという中立地帯から現れた孤高の職人バンドだった。
アッカーマンのギターは繊細で、時に危うく、ティスのオルガンと絡むと透明な叙情を生んだ。
“ふざけているようで真剣”、それが彼らの美学。
『アット・ザ・レインボー』には、その二面性――狂気と構築、笑いと抒情――が封じ込められている。
少年は知らなかった。
このライブ盤が、フォーカスの絶頂であり、同時に分岐点であることを。
だが数十年を経て聴き返せば、あのヨーデルも、あのギターの外しも、
すべてが「生きているロック」の証だったとわかる。
そして今、タイスは八十を越えてもなお“フォーカス”を名乗り、新しい「Focus XIII」を作ろうとしている。
ロックの旬は過ぎても、信念を鳴らし続ける者がいる――
その事実だけで、もう十分に胸が熱い。
あの頃、少年はレコードを回していた。
今、男はストリーミングで全曲を追っている。
形は変わっても、ロックは生き方そのもの。
フォーカスのヨーデルは、今もMASAYUKIの中で響き続けている。

おわり