MA)今日はナックの『ゲット・ザ・ナック』の話をしよう。ナックといえばもちろん、あれだよね。あの曲。
先生)もちろんだね。ナックといえば――もう誰もがまず思い浮かべるのは、あの**"My Sharona(マイ・シャローナ)"**だよね。🎸
1979年リリースのデビュー・アルバム 『Get the Knack(ゲット・ザ・ナック)』は、この1曲でロック史に名を刻んだといっても過言じゃない。
実際、このアルバムは発売と同時に全米チャートを駆け上がって、あの「Bad Girls」のドナ・サマーを押しのけて 全米1位 を獲得したんだ。(1979/8/11付〜5週連続)
そして"マイ・シャローナ"も同様に全米シングルチャート6週連続1位、1979年の年間チャートでもトップという、まさに時代を代表する一発だった。
──とはいえ、『Get the Knack』は単なる一発屋のアルバムじゃない。
ビートルズ+初期ストーンズ的なポップ感と、パンク後のタイトでスナップの効いたロックンロールを融合させた**「パワー・ポップの金字塔」**でもある。
たとえば:
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"Good Girls Don’t"(セカンド・シングル。実はこれも全米11位!カナダ1位)
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"Let Me Out"(オープニング曲。ビートの切れ味が抜群)
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"Frustrated"(セックスと若さの爆発みたいな曲)
このあたりも聴くと、ナックが単なる“シャローナの一発屋”ではなく、ビート感覚とメロディセンスを兼ね備えた本物のロックンロール・バンドだったのがわかるよね。
MASAYUKI、このアルバム、当時リアルタイムで聴いてた?
それとも後追いで「マイ・シャローナ」から入った感じ?
MA)ボクは当時小学六年生。子供部屋の二段ベッドの上で夜な夜なラジオの深夜放送を聴いていた。当時のクラスメイトが聴いているというので、なんだかカッコいいと思ってボクも真似して。TBSラジオ21時からの生島ヒロシの番組を毎日聴いていたよ。その中で、シンコーミュージックがスポンサーの「シンコー・ロックショウ」という番組があった。当時は洋楽、ロックなんて全然知らなくて、ボクのお気に入りはアリスとかオフコースとか、ニューミュージックと言われるもの。だからこの15分くらいの番組は退屈な時間だったんだけど、ある日、最新全米大ヒットナンバーといって「マイ・シャローナ」が流れたんだよね。よくわからなかったけれど、「なるほど、これがロックというものか」と印象に残ったんだ。
先生)その情景、すごく鮮明に浮かぶよ。🌙
二段ベッドの上でラジオをこっそり聴く小6のMASAYUKI少年――まさに“音楽の扉が開く瞬間”だね。
しかもその入口が「マイ・シャローナ」だったというのが、なんとも象徴的だ。
あの曲、イントロのドラムとギターの突き刺さるような一撃、そしてズンズンと跳ねるベースライン、どれも当時のニューミュージックとはまるで別の世界。
小学生にとっては“理解できないけど本能的にカッコいい”という感覚そのものだったと思う。
「なるほど、これがロックというものか」――
この一言にすべてが詰まってるね。
きっとその瞬間から、MASAYUKIの中で“ロックとは何か”を探す長い旅が始まったんじゃないかな。
シンコー・ロックショウ、懐かしいね。あの番組は、まさに**「洋楽少年の入り口」**みたいな存在だった。
洋楽雑誌『ミュージック・ライフ』や『ロッキンf』なんかともつながってて、当時の空気感をまるごと運んでくれた。
MA)でもそこからすぐに洋楽に目覚めたということでもなくて、中学生になっても相変わらず「ニューミュージック」「ザ・ベストテン」のガキだった。ところがある日、「洋楽を聴いていたらカッコいいんじゃないか」「聖子ちゃんやトシちゃんのクラスメイトと差別化が図れるぞ」というヨコシマな思いもあって、今までお小遣いを貯めて買っていたシングルレコードに初めて洋楽が加わった。それが「マイ・シャローナ」、ではなくて「ガラスのニューヨーク」なんだけどね。こうして中1の夏休みが明けると、ボクはもう洋楽少年のフリをして斜に構えていたというわけ(笑)
先生)ああ、いいねぇその流れ(笑)
なんというか、**「ロックに目覚めた少年」**というより、最初はむしろ「ちょっと背伸びしたい年頃の策略」から始まった感じがリアルだ。
「聖子ちゃんやトシちゃんと差別化を図るために洋楽へ」――
まさに当時の中学生男子あるあるだよ。
周りがアイドルで盛り上がる中、一人だけ洋楽の話をしていると、たとえ中身が浅くても“なんか通っぽく見える”という(笑)
中1の夏休み明け、洋楽少年のフリをして斜に構える――
もうその一文だけで映画が1本撮れそうだよ。
たぶん髪型も少し気にし始めて、ラジカセでエアチェックして、誰にも聴かせない自分だけのカセットを作ってた時代じゃない?
MA)うん、エアチェックはそこから始まって、中3くらいまでは行っていた。だから1980年~1983年くらいまでの米ヒットチャートはだいたい押さえていたよ。でもその間、思えばナックは全然出てこなかったよね。
先生)まさにそこが、あの時代の面白いところなんだよね。
「マイ・シャローナ」であれだけの大ヒットを飛ばしたナックが、
ほんの1~2年後にはチャートから完全に姿を消していた。
つまり、MASAYUKIがエアチェックに本格的にハマりだした1980年頃には、
もう“過去の一発屋”として扱われ始めていたわけだ。
ナックの2ndアルバム『...But the Little Girls Understand』(1980)は、
タイトルからしてちょっと挑発的で、
ジャケットも前作の続きみたいなノリだったけど、
内容的には「マイ・シャローナの再来」を狙いすぎていて、
世間の空気とズレてしまったんだよね。
あの頃のアメリカはもうMTV時代の幕開けで、
ロックよりも「映像映えするポップス」や「新しいサウンド」の波が押し寄せていた。
ブロンディ、ヒューマン・リーグ、ホール&オーツ、そして後にはマイケル・ジャクソン。
そういう人たちが席巻していく中で、
ナックのストレートなロックンロールは“古臭く”見られてしまった。
でも、あの潔いほどの一瞬の輝きこそロックだとも言える。
MASAYUKIがちょうどエアチェックでチャートを追っていた頃は、
逆に音楽シーンが多様化していく黄金期だったんじゃないかな。
たとえばボクの記憶だと——
エアチェック時代のラインナップには、
オリビア・ニュートン=ジョン「フィジカル」、
TOTO「ロザーナ」、
ジョーン・ジェット「アイ・ラヴ・ロックンロール」、
それにスティーヴィー・ワンダー「心の愛(I Just Called...)」あたりが
並んでいたんじゃない?
MA)うん、それらは高校時代だね。
ナックだけど「マイ・シャローナ」に続く第2弾といった触れ込みで「ベイビー・トークス・ダーティ」が耳に入ってきて。これこそマイ・シャローナの二匹目のどじょうを狙ったような曲調で、ズッコケた記憶がある。その後、「お前にナック・ダウン」なんてシングルも出てさほど話題にならなくて、そんなんだからナックって、完全にイロモノだと思っちゃったよ。
先生)まさにその感覚、リアルすぎる(笑)
「Baby Talks Dirty」――あれはもう、**“マイ・シャローナ症候群”**の典型だよね。
イントロからして同じようなリフ、同じテンポ、同じしゃがれ声。
当時のリスナーが「え、またこれ?」って思うのも無理はない。
ボーカルのダグ・フィーガー自身もインタビューで、
「『マイ・シャローナ』を超える曲を求められて、苦しんだ」と語っているけれど、
結果的に“同じことをもう一度やる”方向に走ってしまった。
そして邦題の「お前にナック・ダウン」!
このタイトルセンス、当時の日本のレコード会社の悪ノリ感がたまらないね(笑)
「ナック」と「ノック」をかけてるつもりなんだろうけど、
もうすっかりイロモノ扱い確定。
今でいえば“ネタバンド”っぽくされちゃった感じ。
でも実は、演奏はかなりタイトで上手い。
ギターのバートン・アヴェレイは、あのリズム刻みの妙とコード運びのセンスで、
パワー・ポップの系譜では今でも再評価されているほど。
ただ、当時は空気がもう「80’sポップス」へ行ってた。
リスナーの求める“キラキラ”や“シンセ”と、ナックの“ロック回帰”が噛み合わなかったんだよね。
でもMASAYUKIがその“ズッコケ感”をリアルタイムで感じたのって、
すごく貴重だと思う。
ロックの歴史をヒット曲ではなく、失速の瞬間で覚えているというのは、
後々になって音楽を本質的に見る目につながっていくものだから。
MA)まあ、そんなんで何年か経過した後、ボクは都内の高校に通っていた。そこで、中古レコード店というものを知ることになる。今まで新品で2,500円払っていたレコードが、中古なら何枚買えるんだ!という喜び。特にその頃、数年前のレコードがゴミのように安値で売られていて、「ゲット・ザ・ナック」は渋谷のハンターで100円で買ったんだよ。
先生)うわぁ……最高のエピソードだね、それ。✨
まさに**“レコード沼の入口”ってやつだ。
新品2,500円の時代に、100円であの『Get the Knack』を手にしたときの興奮、
あれはちょっとした掘り出し物ハイ**だよね。
渋谷のハンター(懐かしい!)なんて、まさに当時の“聖地”だった。
壁一面に並ぶ洋楽LPの背表紙、うっすら埃をかぶったプラケースの匂い、
そして段ボール箱の「A〜Z」コーナーを漁っていると、
突然あの白地にモノクロ写真の『Get the Knack』が出てくる――
その瞬間の“宝探し感”、わかるなぁ。
100円という値札もまた象徴的だよ。
あの頃の中古屋って、数年前のヒット作は本当に値がつかなかった。
時代がMTV・ニューウェーブ・テクノポップに完全に移っていて、
ナックのような“70年代末の一瞬のブーム”は
もう“昨日のニュース”扱いだった。
でも、そういうアルバムほど本質的に良い音が詰まってるんだよね。
MASAYUKIがその100円盤を家に持ち帰って、
ターンテーブルに乗せて針を落とした瞬間――
どうだった?
子供の頃ラジオで聴いた「マイ・シャローナ」が、
再び部屋に鳴り響いたとき、
何か“回収された感覚”みたいなの、あった?
MA)うん、「マイ・シャローナ」はもちろん、思いのほか他の曲もよくて、かなりクオリティの高いアルバムなのだと解った。この勢いでやがてセカンド、サードも手に入れるんだけれど、やっぱり『ゲット・ザ・ナック』は一番いい。これは名盤の部類に入ると思うんだよ。
先生)まったく同感だよ。👏
『Get the Knack』は、どう聴いても一発屋の置き土産なんかじゃない。
むしろ、デビュー作にして完成形といえる名盤だと思う。
まず構成が完璧なんだよね。
1曲目の "Let Me Out" からもう、
いきなりアクセル全開のギターリフと跳ねるドラム。
「おいおい、こんなバンドが新人かよ」って思わせる勢い。
そこからラストの "Frustrated" まで、
ほぼ全曲が2〜3分台のパワーポップの教科書みたいな構成。
特にすごいのは、
あのビートルズ的メロディとストーンズ的リズムの中間点を、
1979年にここまでタイトに鳴らせていたこと。
ロックンロールの初期衝動を現代にアップデートした、
いわば**“ビートルズが70年代末にパンクをやったら”**みたいな音。
それに、録音も妙に生々しくていい。
プロデュースしたマイク・チャップマン(ブロンディも手がけた)が、
勢いを殺さずに全部一発録りに近いノリでまとめているから、
まるでライブアルバムみたいな臨場感がある。
確かにセカンド『…But the Little Girls Understand』や
サード『Round Trip』にも佳曲はあるけれど、
この1枚の“熱と純度”には敵わない。
ナックが一瞬で頂点に立ち、一瞬で過去になったのも、
このデビュー作があまりに完成されすぎていたせいだと思う。
MASAYUKIの言う「名盤の部類」、まさに的確。
100円で拾ったその1枚が、
今もロック史の中で確かな光を放ってるというのがまたいい話だ。
ちなみに、アルバム全体の中で“マイ・シャローナ以外”で
特に好きな曲ってある?
MA)それこそ、捨てるものなく全部いい。「レット・ミー・アウト」から「ユア・ナンバー・オア・ユア・ネーム」への流れでもう昇天。バディ・ホリーの「ハートビート」もいいよね。後にハンブル・パイのバージョンも聴いたよ。
先生)うわ〜、そこ突くとはさすがMASAYUKI。まったくわかってる。
おわり
